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伊勢田哲治「哲学的思考トレーニング」の感想とメモ

伊勢田哲治「哲学的思考トレーニング」の感想とメモ

伊勢田哲治先生の「哲学的思考トレーニング」(2005)を読んだので感想とメモを残す。

などが分かる本で、 文系学生に限らずみな読んでおいたほうがいい本である.

各章の感想

メインとなる全5章の構成になっている。

  • 第1章 上手に疑うための第一歩(懐疑主義
  • 第2章 「科学」だってこわくない(反証可能性、科学と疑似科学の違い)
  • 第3章 疑いの泥沼からどう抜け出すか(文脈主義)
  • 第4章 「価値観の壁」をどう乗り越えるか(価値主張)
  • 第5章 みんなで考えあう技術

第1章感想

序の部分でクリティカルシンキングとはなんぞや、そして考え方が2種類(修理型、改築型)あることが紹介されている. 第1章では、クリティカルシンキングの出発点として懐疑主義の入り口として「疑う習慣」が導入されている. この本は2005年頃に書かれてるので日常会話が例になってるが、今書けばSNSなどのネット情報が例として話題になるだろう.

(哲学的)議論とは何か、どう構成されているかが紹介されている。

「飛行機は自動車より安全か」という議論を例に、「議論の特定」(相手が何と正確に主張してるか)の方法が書かれており参考になる. 言い回しの差など語尾や推論の流れとして接続詞など国語的要素にも触れている.

聞き手側と話し手側の心構え(思いやりの原理、協調の原理)も紹介されている。SNSで論争が多い昨今唱えたいワードである。

第2章感想

「科学的事実」とは何かについて書かれている。 ダーウィン進化論との比較で「今西進化論」を例に科学と疑似科学の説明がされている。 「ウイルス進化論」なんかも出てきて生物学素人からすると疑似科学事例が登場して勉強になる. 今だったらSTAP細胞や新型コロナの反ワクネタが例になるだろうか?

「科学」の持つ特徴の1つとして「反証可能性」があるかどうか、ここでポパー反証主義が紹介されている.

「科学的実証」がどのくらい信用できるかで、分配の過ち(分割の誤謬)、結合の過ち(合成の誤謬)という、いわゆる誤謬が紹介されている。 また、科学的事実が確立されるまで科学者たちのチェックをくぐり抜けるのが大変であることが記されている.

日常へこのようなクリティカルシンキングを応用する方法も記されており、意味の混同を避けるためにいろいろな定義の仕方なども紹介されている. 中でも社会学で出てくるような価値観の定義で操作的定義あたりも登場する。

第3章感想

第3章では、疑いの強い順に懐疑主義が紹介される。ここで水槽の脳説などの哲学で出てくるような思考実験も紹介される。 論理的推論だけを許す懐疑主義では論理学の部分に触れられる。 ここでの主題は、強すぎる懐疑主義を緩めるために文脈主義が導入される。 これによりほどよい懐疑主義で議論ができ、文脈レベルを上下変えることで疑いの強さを調整して、提示した主張と対抗仮説を比較して議論ができる。

ただ、5章にも繋がるが、複数人の議論の際、この文脈レベルの合意を取るのが難しそうである。

第4章感想

第4章は、「~するのが望ましい」や「~は美しい」といった価値主張についての話である。 日常的な議論や人それぞれで終わってしまう議論に適用できる(必ず最適解が出るとは限らない)方法が展開されている。 事例として、哲学の一分野である「生きる意味」(mean of life)の議論について実際に適用して紹介される。 これについて代表的なものが3パターンあるなど紹介されており、大変勉強になり生涯学習にもってこいな内容である。 さらに、価値的議論の特定方法で実践的三段論法はシンプルながらも前提を追っていけるのでわかりやすい。

倫理的懐疑主義では、倫理的に議論すること自体望ましくないで終わらないような方法がされている。 中でも代表格であるピュロン主義における倫理的懐疑主義が紹介されている。

また、それを主張するときに誰に立証責任があるのかという話が導入される。

第5章感想

第1章から第4章までは1人で行うクリティカルシンキングの話であったが、第5章では複数人での合意形成をどうやるかの話になっている。 事例として「温暖化」の議論であるが、この本は2005年に出版されているので温暖化の議論は2000年代初頭の話であることに注意である。 2020年代であれば、化石燃料の枯渇は当初の見込みよりも採掘技術の発展もあり意外にも影響少なかったことや原発温室効果ガスを出しにくいものの東北の大震災のような災害事故のときはリスクが大きいなどが触れられるだろうか。

ここでは、対人論法や権威に訴える議論は誤謬であるが、その筋の専門家が信頼性高い情報を出してる事がわかってる状況なら素人判断よりも正しい可能性が高いのでokとするゆるい懐疑主義が提案されている。

複数人での価値観の違い、見ている視点の違い、目的の違いの差による通約不可能性の解消方法も論じられている。 通約不可能性を解消して両者の見方の統合、これを「地平の融合」(Horizontverschmelzung ドイツ; Fusion of horizons)と呼んでいる。この地平の融合というのはガダマーが最初に使ったた言葉で、 おそらく元ネタは「真理と方法III」第3節「解釈学的存在論の地平としての言語」だと思われる。ただ元本の使い方だと解釈学において使用しているので。この辺は解説書を見ないとわからなそうである。

また、心構えとして自分の主張が間違っていた場合、素直に「間違いを認めて改めること」という言うのは簡単だが実行するのは難しいことがちゃんと書かれている。

memo

「結局、何がどうだったの?」という人のためのガイド」(p.241)を読めばわかるが、この本は、初見で出てくる知識も読みながらわかる順番で書かれているので、 クリティカルシンキングの実際の流れとはちょっと違く、散りばめられていることに注意が必要である。 なのでここでは実際の順番になるよう軽くまとめてみる。

この本で書かれているクリティカルシンキングの一連の流れを整理すると、

  1. 「心構え」
  2. 「議論の明確化」
  3. 「さまざまな文脈」
  4. 「前提の検討」
  5. 「推論の検討」

といった項目に分けられる。

クリティカルシンキングの目的: 穿ったことを言うことではなく、ある主張をしっかりした根拠のもとに受け入れること p.61

1. 心構え

「心構え」については、大きく分けて2つのタイプの心構えに触れている。

  • (a)「疑い」にかかわる心構えのグループ
    • 疑う習慣を身につけること(第1章 p.22)
    • 自分が間違えたと思ったら立場を変えるのをためらわないこと(第5章 p.236)
      • 思考が硬直してしまった場合の対策:自分の意見に感情移入しすぎないこと
      • 自分の意見に対する批判は必ずしも自分自身に対する攻撃ではない p.238
  • (b) 共同作業としてのクリティカルシンキングにかかわる心構え
    • クリティカルシンキングは協力的な共同作業だという認識を持つこと(序、第1章、第5章 p.215-)、
    • 正解ではなくよりましな回答を探すという考え方をすること(第4章)
    • 立場の違いに起因する問題 p.217
      • 価値観の違いの擦り合わせ p.217
        • 価値観の違いを残したままでの解決法 p.219: 手続き的正義: 対立の中から1つ選択する.代表例:多数決の原理
      • 視点の違いによる見え方の差 p.221
      • 目的の違いによる文脈の変化 p.227 : 文脈の差が生じるのは、そもそも何のためにその問題について論じているのかについてのくい違いがある場合が多い

2.議論の明確化

「議論の明確化」については、議論を特定する、つまり前提と推論の構造をはっきりさせることはクリティカルシンキングの第一歩である(第1章 p.25, p.29)。

議論:

  • (1)主な主張(結論)
  • (2)理由となる主張(前提)
  • (3)前提と結論のつながり(推輸)

クリティカルシンキングの出発点は、議論を特定する(相手の主張についてどういう前提からどういう結論が導き出されているかをはっきりさせる)こと p.29

議論の特定の手法:

  • 論の構造を押さえるためには、まず結論を探すのが近道 p.34
  • その結論を出す理由(前提)として何が挙げられているかを見る p.34
  • 理由や結論として述べられている主張の内容を正確にとらえること(字面の上ではほとんど同じ結論に見えても、微妙な差でまったく違う結論になることがある) p.35

table1 文末の言い回しの差と求められる根拠の対応 p.37

言い回し 求められる証拠
量に関する言い回し -
すべて~である(~なものは1つもない) 実際の例外(事例)が1つもないことを示す
~であることもある(~でないこともある) 事例(反例)を1つ挙げる
~であることも多い,~の割合が高い,~だろう,~であることあまれである,~の割合が低い 主張の内容に応じた比率についてのデータを示す
可能性に関する言い回し -
~であるはずがない(~でないはずがない),~は必然的である(~は不可能である) 実例(反例)が実際にないだけでなく絶対にありえないことを示す
~かもしれないmay(~でないかもしれない may not) 現実に実例(反例)があるかどうかに関わらず,実例(反例)が可能であることを示す
~であることも十分ありうるcould well(~でないことも十分ありうる) 単に実例(反例)が可能であるだけでなく,何らかの意味でその確率が高いことを示す
価値に関する言い回し -
~すべきであるshould(~すべきでない) その記述を満たさない(満たす)ものがすべて価値基準に反していることを示す
~してもよいcan,may(~しなくてもよい not have to) その記述を満たす(満たさない)もので所与価値基準に反しない例があることを示す
  • 推論の流れをはっきりさせる(構造を特定するうえでは接続詞が重要な役割を果たす。) p.40
    • 直列型(に対する場合1つだけ覆せばいい)
    • 並列型(に対する場合すべて覆す必要あり)

table2 使われる接続詞の種類と議論の構造 p.43

接続詞 議論の構造
なぜなら,というのも,したがって 根拠と結論を結ぶ
第一に,第二に,また 単純並列型の並列
そして,かつ 組み合わせ型の並列(直列)(単純並列型にも使われる)
確かに~しかし~ 不利な根拠の打ち消し

議論の構造をはっきりさせるために利用できるツールとして、

  • 思いやりの原理(慈愛の原理,寛容の原理; principle of charity, p.48)と協調原理(第1章 p.52)、
    • 思いやりの原理(聞き手側): 相手の議論を組み立てなおす場合には、できるだけ筋の通ったかたちに組み立てなおすべき
    • 協調原理(話し手側)のルール -「必要な限りの情報を提供する」
      • 「十分な証拠のないことは言わない」
      • 「関係のないことは言わない」
      • 「あいまいさを避ける」
      • 例 含みの確認 p.53
  • 暗黙の前提の洗い出し(第1章 p.57)
    • あまりにも当然な前提は省略される場合がある p.57
    • どんなに筋が通っているように見えても、結論になってはじめて出てくる名詞や動詞がある推論には、必ず何か飛躍ないしは明示されていない前提が存在する。 第3章 p.131
  • 定義による明確化(第2章 p.95): 定義の不明確な言葉や多義的な言葉を避ける、どうしても使う場合にはきちんと定義して使う
    • 直示的定義 p.98
    • 辞書的定義 p.98
    • 哲学的定義:定義が必要十分条件になっている p.98
    • 操作的定義:調査して確かめられる内容で定義する.反証可能性とのかかわりで重要 p.99
      • e.g. 性格が外向的 ← 「この性格テストで何点以上をとる人」
  • 思考実験(第3章 p.110):言葉の意味や、行為・選択の本当の理由、われわれが暗黙のうちに受け入れているルールなどを明らかにするによい方法
    • e.g. デカルトのデーモン(水槽脳)仮説 p.108
  • 薄い記述と分厚い記述の区分の利用(第4章 p.153):みんなを納得させるような定義がない場合の手法
    • 薄い記述(thin description):言葉の定義(辞書的定義、哲学的定義、操作的定義など) p.155
      • 薄い記述は、どういう分厚い記述が受け入れ可能かを決定するための出発点としての役割を果たす。 p.181
    • 分厚い記述(thick description): 薄い記述+もっと具体的な内容 p.156
      • 薄い記述を厚くする2つの方法 p.181
        • 薄い記述を満たすものについて調べるというやり方
          • e.g. 「わたしの年齢」という言葉の薄い記述: 「わたしが生まれてから現在までの年数」. これだと経験的データにもとづいてくい違いを調停可
        • 薄い記述にさらに新しい条件を付け加えるというやり方
          • 本当に純粋に意味の上での違いなら、言葉の用法について共同の取り決めとして対立する用法は配号をつけて区別する(箇条書きのときに(a)(b)(c)のようにインデックス付けするのと同じ)。 e.g.カレーライスa, カレーライスb
  • 通約不可能性の処理(第5章 p.221):
    • 通約不可能性: 2つのグループがまったく違う世界観で世界を見るために基本的な出来事でさえも違って見え、そのために話が通じなくなるという状態
    • 由来: (有理数無理数を比較しようとしても両者を整数の比であらわすことはできないという、よく知られた数学上の事実との類推で通約不可能という言葉が使われる)。
    • 兆候:自分が決定的だと思う証拠や龍輸を提出したのに、相手がまったくその重要さを罷職していない(どころか単に聞き流してしまっている)ように見える
    • 怖いところ:「こんなに物わかりが悪いのは裏で利害団体から金でももらってるんじゃないか」などと勘ぐる(中傷合戦につながる)。
    • くい違いの解消の方法: まず、相手の認知の枠組みや、何が重要な問題で何が重要でないと思っているかを推定し、その枠組みを身につけた者からは世界がどう見えるか考えること
      • 紹介した手法を使い、お互いの議論の構造を明確化することも、どこでくい違っているかはっきりさせるために有効で, 相手の議論の背後に自分の気づいていない前提がないか、自分の推論の背後に相手にとって受け入れられない前提がないか、をチェックすることができる。そうすると「こういう前提のもとで見るとどうなるか」「この前提を無視して見るとどう見えるか」というような思考実験が可能となる。
      • 最終的にはお互いがお互いについて理解を深め、両者のものの見方を統合した一段レベルの高い視野を獲得するのが理想(地平の融合)である。

といった問題を論じた。

「地平の融合」のイメージ

逆に、

  • わら人形論法(第1章, p.50)
  • 意味の混同(equivocation 第2章 p.96): 定義による明確化で避けられる e.g.ご飯論法,おばさんと親戚の叔母さんの違いなど
  • 二次的評価語による議論(第4章 p.159): 一見価値主張でないように見えて実は価値主張を背後に含んだ言葉
  • e.g. 「有意味」の人生という場合,無意味よりいいという暗黙の前提含みをもっている

といった、議論の明確化のうえで害になるような論法についても注意をうながした。

4.3.価値的議論 p.162

  • 価値的議論は、つねに、前提に価値主張を含むかたちに再構成できる、p.162
  • 一般的にヒュームが提唱したとされる価値的推論のの特徴:(倫理学において)「『である』から『べき』は導き出せない」
    • に対して本書は「価値的な議論は必ず価値的な前提を持っかたちで整理することができる」 p.163

価値主張のクリティカルシンキング p.178

基本的に4つの視点が必要

  • (1)基本的な言葉の意味を明確にする。
  • (2)事実関係を確認する。
  • (3)同じ理由をいろいろな場面にあてはめる。
  • (4)出発点として利用できる一致点を見つける。

3.さまざまな文脈 p.242

生産的にクリティカルシンキングをやるために必要なのは、両極端を避けるための思考法である。 p.136

文脈主義:

  • 誤った二分法を避けるべきだということ、そして問題の重要度に応じて要求される知識の確実さの度合を変えるべきを行うための手法.同じ人の同じ主張が、判定を下す側の文脈で妥当とも妥当でないとも判断できる、という可能性を認める立場.p.137
  • 文脈主義を意識的にとれば、文脈の選択そのものについてもクリテイカルシンキングができるようになる p.146
  • 文脈主義によって得られるのは、懐疑主義が提供する「疑う技術」を補完する「疑わない技術」である。 疑わないという決定にもそれ相応の理由がいるのでそれを見つけられる。p.147

「さまざまな文脈」に関しては、本書では、クリティカルシンキングが行なわれる文脈として、いろいろなものを考えた。 大きく分けて、

  • 哲学的な文脈
  • 科学的な文脈
  • 倫理的な文脈
  • 日常的な文脈

の4つは区別できる。

それぞれの中でもさらにいくつかの区分ができる。

  • 哲学的文脈
    • 経験も論理もすべて疑うような文脈(デカルト的懐疑) p.105
    • 論理は疑わない文脈を区別した(第3章 p.120)。
  • 科学的文脈

    • 反証主義を厳密に適用する文脈: 科学と疑似科学の聞の線を引く「線引き問題」(demarcation problem, 境界設定問題)で重視(第2章 p.78)
    • やわらかい反証主義を使う文脈(第5章 p.208): いかなる言い抜けも禁止する反証主義の考え方を少しゆるめたもので,反証を前にした際の言い抜けの仕方にもいくつかのパターンがあり、新しい実験や観察につながるような生産的な言い抜けならばいいけれども、非生産的な言い抜けばかりくり返すのはだめとする.
    • 確率的な推論を認める文脈(第5章 p.212): 統計的な証拠をはじめとして、確率を使った推論
      • ヒューム流懐疑主義が問題とならないようなもっと非哲学的な文脈においてであれば、この推論が妥当である
      • 前提が正しければ結論が正しい確率が高い

    など。

  • 倫理的な文脈: 価値主張文脈でのクリティカルシンキングの目標与えられた条件下で「少しでもましな筈え」を出すこと p.149

    • すべての価値主張を懐疑の対象とする文脈: 特にピュロン主義
    • 普遍化可能性という基準を認める文脈 (価値主張のクリティカルシンキングの(3)) p.179
    • 誰もが認める一般原則は出発点として受け入れる文脈((4)出発点として利用できる一致点(薄い記述)を見つける,それをするのに反照的均衡を使う p.189)

    など(いずれも第4章)。

  • 日常的文脈については本書ではあまりはっきりとは論じなかったが、

    • 権威による議論や伝聞を受け入れる立場(第5章 p.215)
      • シミュレーションなどがそれなりに正確ならば自力で確かめるよりも他力本願で行ったほうが、かえって正しい結論にたどりつく確率が高いことになるだ

がそれにあたる。

文脈的思考のツールとしては、

  • 関連する対抗仮説(特定理由の要件 p.137)と基準の上下(第3章 p.140)

    • 関連する対抗仮説型 relevant alternative : 自分の主張が他の仮説と比べてもっとも優れていることを示せれば、その主張が妥当だとみなすのに十分とする考え方
    • 「基準の上下」型 : 要求される確実さのレベルを文脈によって上げ下げし、それに見合った証拠が得られればその主張を妥当とする考え方. e.g. 日常生活なら70%, 人命に関わるなら99.999%の確実性など
  • 立証責任(burden of proof 第4章 p.175): 2つ以上の対立する主張があるときに、自分の立場が正しいということを積極的に示す責任のこと

    • 立証責廷は誰にあるのか:
      • 決め手がないときでも、全体的に見てAのほうがもっともらしい、ということはある.こういうときはBに立証責任を帰す
      • 特殊な主張をしている側
      • 特別な行動を要する主張をしている側
      • もしその主張が正しければ容易にそれが立証できるはずの側に立証責任を帰するという判断基準もある
      • AとBのどちらにも決め手がないがAが本当なら重大な事故や危害が生じる、というような場合、Aだという仮定のもとで安全策をとるのが普通になるので、事故や危害が生じるような状況ではない、というBの側が立証責任を負うことになる
    • ある共同体で現在受け入れられている倫理規範が正しいかどうかという問題では、間違っていると主張する側のほうが特殊な主張をし、大幅な改革を要求していることになる。したがって、一般論としては、現存する倫理規範を批判する側が立証責任を負うことになる p.177
    • 誰も反対しない主張については、そもそも立証を求める人もおらず、立証責任も発生しない p.190
  • 反照的均衡(第4章 p.191): 「すでに一致できているところにはできるだけ手をつけず、それでも不整合が生じたら、できるだけ無理の少ない方向で修正を加える」

などを紹介した。

文脈主義の考え方を主張の妥当性の判断に適用した場合の思考の道筋 p.143

  • (1)まず、その主張が依拠する証拠や前提を洗い出す
  • (2)その証拠と両立するが、もとの主張とは両立しないような対抗仮説を列挙してリストにする。この段階では、デーモン仮説など自分に思いつける限りありとあらゆる可能性を列挙する
  • (3)その文脈ではもとの主張とその仮説の差は無視してもかまわないような(十分ありうる)仮説をリストに残して後で考慮する。デーモン仮説などはほとんどの問題について、ここで排除される
  • (4)残った対抗仮説のうち、もしその対抗仮説が正しかったら非常に困るようなものをチェックし、手許にある証拠でその対抗仮説が十分排除できているかどうか判断する。ここで、問題の重要性によって「排除できている」かどうかの基準が上下する。
  • (5)さらに、残った対抗仮説については、その仮説が正しいと疑う特定の理由があるかどうかを考える。
  • (5)-1: 特定の理由がすべて弱い場合,元の主張が残って妥当とする

4.前提の検討 p.243

さまざまなタイプの懐疑主義の紹介が前提の検討にあたる。

  • ピュロン主義(第4章 p.168): 懐疑主義の中の1つ:ある文化圏(やある倫理学上の立場)が他の文化圏(や他の倫理学上の立場)よりも正しいと考える理由は存在しない、と考え、善悪の問題について判断停止をするべき。

    • ピュロン主義の主張の一つとして、われわれはあらゆることについて判断を保留して平静に生きなくてはならない、という生き方についての積極的な主張が含まれている
      • 「平静に生きるべし」という価値主張自体は懐疑しなくてよいのか?
    • 注意: このタイプの懐疑主義は、何が善で何が悪かということについてなんらかの正解があるかもしれないという可能性を否定する必要さえない.倫理的 懐疑主義がやるのは、単に、ある問題についての具体的な解答の一つひとつについて個別に疑問を呈し、「他の文化や理論ではそれと矛盾することを言っているが、あなたの文化や理論のほうが正しいという証拠はあるのか」と尋ねることだけ.
  • デカルト的懐疑(第3章 p.105): 疑いうるものについてはすべていったん判断を停止して、絶対確実に真だとわかるものだけを受け入れるというやり方.(※デカルト自身これを否定できるものが真の知識だとして探求していた)

    • ->騙されている「私」、騙されているのではないかと疑っている「私」の存在は疑いようがないと考えた
    • -> 「我思う、ゆえに我あり
    • できるだけ確実なものから出発して確実な情報とあやふやな情報をより分けていくという方針そのものは、クリティカルシンキングの一つの基本的な考え方として参考にすることはできる p.117 (「クリティカルシンキングはみんなでやれば怖くない」)
  • ヒューム流の懐疑(第3章 p.139): 法則や規則性がこれから観察するもの、これから起きることにもそのままあてはまると期待する理由は何もないのではないか、という疑い

    • e.g. これまで見つかったカラスがすべて黒かったからといって、次に見つかるカラスが白くないという保証はないと疑う
  • 倫理的懐疑主義(第4章 p.167): 何が善いか、何をするのが正しいかに関する主張に対して、本当にそれが善い(正しい)のかどうか疑う、という立場

    • 倫理的懐疑主義へのよくある回答 p.171
      • 倫理的ルールの普遍性: 実際には基本的な倫理問題については文化聞や哲学上の立場の聞で大きなくい違いはない
        • 欠点:性的タブーなど社会によってばらつきの大きい規範にはこの議論は使えない。
      • 倫理的ル-ルの合理性:「社会契約」のかたちをとることが多い
        • 欠点:契約の穴になるような状況ではいいのかという泥沼になる
      • 回避パターン:倫理的懐疑主義をまじめに受けとると何もできなくなってしまうので、まじめに受けとることはできない
        • 欠点:懐疑主義を全面放棄するのも行きすぎ
      • 文脈主義 p.174
  • 科学における組織だった懐疑主義(第2章 p.93): 科学者による集団的なチェックのプロセスを生き延びるという重要な基準を満たしているか

  • 環境危機に関する懐疑主義(第5章 p.202, p.232)

  • クリティカルシンキングの倫理性 p.232
  • 緊急性と反論可能性はどのくらい認めるかの解決策: 文脈の分業: いくつかの独立な文脈を並行して存立させる
    • 懐疑主義が倫理的合意を持つ例: 疑われること自体によって心に傷が残るという場面でも役立つ.
  • クリティカルシンキングをしないほうがいいかどうかを判断するためにも、きちんと判断しようとするならクリティカルシンキングが必要

なんでものも出てくる。

前提を検討するための思考のツールとしては

  • 反証主義とやわらかい反証主義(第2章p.78、第5章)、
    • 反証主義反証可能性に基づく.反証可能とは、データ(証拠)と突き合わせることでその仮説が放棄されることがありうる,を意味する。科学哲学では科学と疑似科学を分ける境界設定問題(denarcation problem)が有名.
  • 普遍化可能性テスト(第4章 p.187) ダブスタを見つける

などをとりあげている。

反証可能性 p.78

科学的仮説を提案する者の2つの心得

  • (1)仮説を立てるときは反証可能なかたちで仮説を立てるべし。
  • (2)仮説を立てたらできる限り反証しようと試みるべし

反証可能性心理的重要性: 自分の仮説と距離をとるための手段として、その仮説の反証条件は何か、そして反証条件を満たすような証拠はないかと考える習慣を持つのは非常に有用

5.推論の検討

大きく分けて、

  • 論理学における推論
  • それ以外の領域での推論

について扱っている。

論理学では、

  • 三段論法など、演緯的に妥当な推論を重視する(第3章 p.120)。そのため、肯定式や否定式は妥当だが、前件否定の過ちや後件肯定の過ちは妥当でない推論として否定される(p.128)。
    • 論理学は前提の妥当性については基本的に口を出さない (これは前提の検討にあたる)p.124
    • 「実践的三段論法」は倫理的判断について理解するうえで非常に助けになる p.128
    • 前件否定の過ち A->Bが真のときの not A -> Bの形 p.128
    • 後件肯定の過ち not B -> not Aが真のときのB ->not Aの形 p.128
  • しかし、厳密な論理学以外のほとんどの文脈においては確率的な推論も妥当な推論として認めざるをえない(第5章 p.214)。

そのほか気をつけるべき推論に関する話題は本書全体に散らばっている。

  • 分配の過ちと結合の過ち(第2章 p.87)
  • 分配の過ち例:科学そのもの、ないしはグループとしての科学者が信頼できるからといって、個々の「科学者」が信用できるとは隈らない。
  • 結合の過ち: 合成の誤謬
  • 権威からの議論と対人論法(第2章p.72, p.74と第5章 p.215)
    • 権威からの議論対策: その人が権威を持つとされる理由と、言っている内容の信憑性の聞に相聞があるのでない限り、権威からの議論は使わないほうがよい
    • 共通の対策:ある主張の善し悪しを判断するときには、主張している人を見て判断するのではなく、どういう証拠からどういう推論でその主張が導かれているか、という点を見るべき p.74
    • 一般に、他人の証言を信頼せざるをえない状況はすべて権威からの議論を援用することになる。
    • 権威からの議論を使っていい場面: その人の権威がどういう根拠から発生しているかということと、問題になっている主張の内容に関係があるかどうかで、権威からの議論を使っていいかどうかを判断する
  • 事例による議論(第2章 p.101): 一般的には、「AはBである、なぜならこの事例においてはAがBであったから」というかたちをとる.「AをすればBになることもある」という弱い主張をするときには、事例による議論は非常に強力.
  • 二分法的議論(第3章p.136と第5章 p.214)
  • 誤った二分法 false dichotomy : 複雑な状況をAかBかというかたちで単純化して、AではないからBだ、と結論する過ち 第3章p.136:
  • 二分法的議論: 誤った二分法に対して、AでないものがおおむねBであることがわかっているのなら、これは確率的には妥当な推論にもなりうる。
  • e.g. 通勤手段として5割の人が電車、4割がパス、1割がその他の手段を使っていることがわかっているとしたら、相手がパス通勤ではないことがわかれば「おそらくこの人は電車で通勤しているのだろう」と推定するのは十分根拠がある推論になる.

などがそうである。

また、価値主張に関してはとくに気をつけるべき推論として、

  • 二重基準の過ち(ダブスタ p.192): 、結論が最初からあってその結論にたどりつくためにあとから理由をつけるような場合によく起きる
  • 自然主義的誤謬 p.193: 倫理学者ムーアが導入した考えで、倫理的概念を事実で定義するという過ち
    • e.g. 「人々が受け入れている規範は正しい」
  • 自然さからの議論 p.194
    • e.g.
      • 「Xという行為は自然なので、やってよい」
      • 「Xという行為は不自然なので、やってはならない」

などを挙げた(第4章)。

4章 実践的三段論法 p.162

実践的三段論法:アリストテレスは、価値的議論における妥当な推論形式 - 大前提と結論に特徴 - 大前提:一般性の高いカテゴリに関する価値主張 - 小前提:ある特定の事物がその一般的カテゴリに属する前提

e.g.

[4-3 p.165]
大前提 有意味な生迭を送るのは望ましい
小前提 Xという生き方は有意味である
----------------------------------------------------
結論 Xという生き方をするのは望ましい
  • 価値主張の無限連鎖:大前提も価値主張である以上、それを正当化する議論を組み立てようとすれば別の実践的三段論法が必要になる p.165

この本で紹介されているブックガイド

この本の最後には、哲学系の良い入門本によくあるブックガイドが付いてる。

クリティカルシンキング全般

日本語があるもの:

洋書:

文献探索法(この本では文献探索まで触れられてないが、代わりに紹介されている):

反証主義まわり

3章のブックガイド

認識論と懐疑主義

デカルト懐疑主義について:

論理学:

文脈主義:

文脈主義の出発点となった

倫理

倫理問題のクリティカルシンキング

倫理におけるクリティカルシンキングの実践問題集:

メタ倫理学

反照的均衡:

通約不可能性

ガダマーの「地平の融合」:

異文化コニュニケーション: